エコシステムサービス評価が支える自然関連オフセット・インセット戦略：建設・不動産事業への応用
自然関連リスクの高まりとオフセット・インセットの重要性
近年、気候変動に加え、生物多様性の損失や生態系の劣化といった「自然関連リスク」への企業経営における関心が高まっています。事業活動が生態系に与える影響を適切に評価し、その損失を最小限に抑えることは、持続可能な事業運営の基盤となります。しかし、事業活動による自然への影響を完全にゼロにすることは困難な場合が多く、どうしても避けられない影響が発生することもあります。
そうした避けられない負の影響に対して、「オフセット」や「インセット」といった手法を通じて、事業地外または事業地内で生態系の質や量を改善・回復・創出することで、全体としての自然へのネットポジティブ（またはネットゼロ）を目指す取り組みが注目されています。特に建設・不動産事業においては、土地利用の変化が大きく、生態系への影響が顕著になりやすいため、これらの手法の重要性が増しています。
オフセット・インセットとは：事業活動による自然への影響を相殺する試み
オフセット（Offset）とは、事業活動によって特定の場所で発生した生物多様性や生態系サービスの損失を相殺するために、別の場所でそれと同等またはそれ以上の便益（生物多様性や生態系サービスの回復・創出）を生み出す取り組みです。一方、インセット（In-setting）は、事業活動が行われる場所やそのサプライチェーン内で、生態系サービスを改善・回復・創出する取り組みを指します。
建設・不動産事業においては、例えば開発に伴う森林伐採や湿地埋め立てといった影響に対し、代替地の森林保全活動への資金提供（オフセット）や、開発敷地内にビオトープを整備する（インセット）といった具体的な取り組みが考えられます。これらの取り組みの目的は、事業活動全体の自然への影響を定量的に評価し、その損失を補填することで、生物多様性の純損失を防ぐ、あるいは純増を目指すことにあります。
エコシステムサービス評価がオフセット・インセット戦略を支える役割
オフセットやインセットは単なる緑化や環境対策ではなく、科学的根拠に基づいた生態系の機能回復・創出を目指す戦略的な取り組みです。この戦略を成功させる上で、生態系サービス評価、特に経済価値評価が極めて重要な役割を果たします。
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適切な目標設定とベースライン設定:
- 事業活動による生態系サービスへの影響を定量的に評価することで、どれだけの損失が発生しているのか、何をどの程度回復・創出すべきかの明確な目標を設定できます。経済価値評価は、様々な生態系サービスの損失を共通の尺度で比較・合計する上で役立ちます。
- オフセット・インセット実施前の生態系サービスの現状（ベースライン）を正確に評価することは、対策の効果を測定するための出発点となります。
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効果の定量的評価と「見える化」:
- 実施したオフセット・インセットが、目標に対してどの程度生態系サービスを回復・創出できたかを定量的に評価できます。
- 物理的な指標（例：〇haの緑地回復、〇種の増加）に加え、経済価値評価によって創出された便益（例：洪水緩和機能の向上による年間〇円相当の被害軽減効果、大気浄化による年間〇円相当の医療費削減効果）を貨幣価値で示すことで、取り組みの価値を「見える化」し、ステークホルダーに具体的に伝えることが可能になります。
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費用対効果分析と戦略的意思決定:
- 複数のオフセット・インセット候補地や手法がある場合、それぞれで得られる生態系サービスの回復効果とその実施コストを比較し、最も費用対効果の高い選択を行うための根拠を提供します。
- 事業計画全体の中で、どの程度の予算を自然関連の取り組みに投じるべきか、経済的な視点から検討する際の有用な情報となります。
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モニタリングと報告:
- オフセット・インセットの効果は時間をかけて発現することが多いため、評価結果に基づいた継続的なモニタリングが不可欠です。評価手法を活用することで、効果の進捗状況を定期的に測定し、必要に応じて計画を修正できます。
- サステナビリティ報告書やTCFD/TNFD提言に基づく開示において、実施したオフセット・インセットの内容、効果、経済価値といった情報を具体的に記載することで、対外的な説明責任を果たし、企業価値向上に繋げることができます。
建設・不動産事業における応用可能性
建設・不動産事業は、サイト選定、設計、建設、運用、解体といったライフサイクル全体で生態系に様々な影響を与えます。生態系サービス評価を用いたオフセット・インセット戦略は、これらの影響を管理し、新たな価値を創造する機会を提供します。
例えば、都市部の再開発プロジェクトにおいて、周辺の生態系への影響を評価し、敷地内に屋上庭園や壁面緑化といったインセットを実施することで、ヒートアイランド現象の緩和、大気質の改善、心理的 wellbeing の向上といった生態系サービスを創出できます。これらのサービスを経済価値に換算することで、単なる緑地面積の増加だけでなく、地域社会や利用者が享受する具体的な便益として示すことができ、プロジェクトの環境価値・社会価値を高めることができます。
また、大規模なインフラ開発や産業団地造成など、避けがたい生態系への影響が大きいプロジェクトにおいては、生態系サービスの損失を評価し、その補償として事業地から離れた場所での自然保護区設定や生態系回復プロジェクトへの投資（オフセット）を行うことが考えられます。この際、オフセットによって生み出される生態系サービスの質と量が、失われたものと同等以上であることを、生態系サービス評価によって担保する必要があります。経済価値評価は、失われた価値と創出された価値を比較可能な形で示す手段となります。
導入に向けた課題と今後の展望
オフセット・インセット戦略における生態系サービス評価の導入には、いくつかの課題も存在します。評価に必要なデータの収集、適切な評価手法の選択と適用、評価結果をビジネス上の意思決定に統合するための社内体制整備などが挙げられます。また、オフセットの効果を保証するためのモニタリング体制の構築や、長期的な視点での計画策定も重要です。
しかし、TNFDに代表される自然関連リスク情報開示の枠組みが整備されつつあること、企業のサステナビリティへの関心が高まっていることから、今後、オフセット・インセットはより一般的な自然関連リスク対応策となると考えられます。生態系サービス評価、特にその経済価値を「見える化」する能力は、これらの取り組みの科学的妥当性とビジネス的合理性を高め、企業が自然との共生を通じて新たな価値を創造していく上で不可欠な要素となるでしょう。
まとめ
事業活動における自然への影響を相殺・改善するオフセット・インセット戦略は、持続可能な社会の実現に向けた重要なアプローチです。この戦略の立案、実施、評価、そして対外的なコミュニケーションにおいて、生態系サービス評価は科学的な根拠とビジネス的な合理性を提供し、その効果を最大化する役割を果たします。特に建設・不動産事業の皆様にとって、生態系サービス評価を活用したオフセット・インセット戦略は、自然関連リスクの管理だけでなく、企業価値向上、ステークホルダーからの信頼獲得、そして地域社会との良好な関係構築に繋がる強力なツールとなるでしょう。本サイトが提供する情報が、皆様の生態系サービス評価に関する取り組みの一助となれば幸いです。