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エコシステムサービス評価を推進する組織体制と人材育成:ビジネスへの統合を加速するために

Tags: 組織体制, 人材育成, ビジネス統合, エコシステムサービス評価, サステナビリティ

エコシステムサービス評価推進における組織と人材の重要性

近年、企業活動が自然資本および生態系サービスに与える影響への関心が高まっています。TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)提言に代表されるように、自然関連リスクと機会を特定・評価し、財務情報に統合する動きは世界的に加速しており、事業会社にとって生態系サービスの経済価値評価は避けて通れない課題となりつつあります。

この生態系サービス評価を単なる報告義務としてではなく、リスク管理、新たなビジネス機会の創出、企業価値向上に繋げるためには、評価手法やツールに関する知識だけでなく、それを組織内で推進し、事業意思決定に組み込むための体制構築と人材育成が不可欠となります。しかし、多くの企業では、この比較的新しい分野に関する専門知識を持つ人材が限られており、関連部署間の連携も十分に確立されていないといった課題に直面しています。

本記事では、エコシステムサービス評価を効果的に実施し、その結果をビジネスに統合していくために求められる組織体制のあり方と、必要となる人材育成の進め方について解説します。

エコシステムサービス評価推進における組織体制構築のポイント

エコシステムサービス評価を組織内で推進し、その結果を経営や事業活動に反映させるためには、明確な責任体制と関係部署間の円滑な連携が重要です。

推進体制の確立

評価の推進主体として、環境部門やサステナビリティ推進部門などが中心となることが一般的です。しかし、評価結果を事業戦略、投資判断、財務報告などに活用するためには、経営企画、財務、IR、事業部門、研究開発、調達、広報など、幅広い部署の関与が求められます。そのため、推進部門がハブとなり、関係部署から担当者を選出し、横断的なプロジェクトチームやワーキンググループを設置する体制が有効です。これにより、各部署が持つ専門知識や視点を評価プロセスに取り入れることができ、評価結果の利用可能性も高まります。

役割分担と連携

各部署の役割を明確に定義することも重要です。例えば、 * 推進部門: 評価全体の計画策定、手法選定、外部機関との連携、社内調整 * 事業部門: 事業活動による影響情報の提供、評価結果の事業への適用検討 * 財務部門: 経済価値評価手法への助言、評価結果の財務への影響検討 * IR部門: 評価結果の開示戦略、投資家との対話 * 研究開発/技術部門: 影響評価技術に関する情報提供、軽減策・回復策の検討

といった役割分担が考えられます。これらの部署が定期的に情報交換し、共通認識を持つための会議体を設けるなど、円滑な連携を促進する仕組みづくりが求められます。

経営層のコミットメント

エコシステムサービス評価を戦略的に位置づけ、組織全体で推進していくためには、経営層の理解とコミットメントが不可欠です。評価の意義やビジネス上のメリット(リスク低減、機会創出、企業価値向上など)を経営層に定期的に報告し、評価結果に基づく意思決定を促すことが重要となります。取締役会での報告なども有効な手段です。

エコシステムサービス評価に関する人材育成の進め方

エコシステムサービス評価には、環境学、生態学、経済学、データ分析など、多様な知識やスキルが求められます。既存の人材に対してこれらのスキルを習得させるための計画的な育成が必要です。

必要なスキルセットの特定

エコシステムサービス評価の実践に必要なスキルとしては、以下のようなものが挙げられます。 * 評価手法に関する知識: CICES、TEEB、NCAなど、国内外の主要な分類や評価フレームワーク、定量的・定性的な評価手法、経済価値換算手法(代替費用法、支払い意思額測定など)に関する知識。 * データ収集・分析能力: 生態系に関するデータ(植生、動物相、土地利用など)、事業活動データ、GISデータ、リモートセンシングデータの収集・分析、統計処理のスキル。 * 関連法規制・ガイドラインに関する知識: TNFD、ISSBサステナビリティ開示基準、国内の生物多様性関連法規、グリーンボンド原則などに関する理解。 * ビジネス応用力: 評価結果をリスク・機会分析、事業戦略、投資判断、サプライチェーン管理などに紐づける思考力。 * コミュニケーション能力: 評価結果を分かりやすく社内外のステークホルダー(経営層、従業員、投資家、地域社会など)に伝えるための能力。

育成手法の実施

これらのスキルを習得するための育成手法としては、以下のようなものが考えられます。 * 専門研修・セミナー: 外部機関やコンサルタントによる評価手法やツールの使い方に関する研修への参加。 * ワークショップ: 社内で実践的な評価演習を行うワークショップの開催。 * 外部専門家との連携: 評価プロジェクトにおいて外部の専門家と協働し、OJTを通じて実践的なノウハウを学ぶ。 * 社内勉強会: 関連部署間で情報共有や知識交換を行う勉強会の実施。 * eラーニング: 生態系やサステナビリティ全般に関する基礎知識を習得するためのeラーニングコンテンツの導入。 * 資格取得支援: 生物多様性やサステナビリティ関連の資格取得支援。

特に、建設業や不動産業においては、事業活動と生態系サービスの関係性が多様であるため、現場の技術者や計画担当者への啓発活動や、事業プロセスに評価を組み込むための具体的なツールの使い方に関するトレーニングが重要になります。例えば、新規開発予定地の生態系評価の基礎知識、既存事業所の自然資本管理手法、緑地設計における生物多様性配慮の方法などを、それぞれの担当者の役割に応じて学ぶ機会を提供することが有効です。

社内理解の促進

一部の専門人材だけでなく、従業員全体のエコシステムサービスや自然資本に関する理解度を高めることも、評価結果の活用を広げる上で効果的です。社内報、イントラネット、全社説明会などを通じて、自社の事業活動と生態系サービスの関わり、評価の意義、取り組み事例などを継続的に発信することが推奨されます。

ビジネスへの統合を加速する人材育成・組織体制の具体例

構築された組織体制と育成された人材は、エコシステムサービス評価の結果を具体的なビジネス活動に活かす上で重要な役割を果たします。

例えば、建設事業における新規プロジェクト計画段階では、育成された人材が評価手法を用いて予定地の生態系サービス価値を評価し、開発による影響を予測します。この評価結果は、推進体制を通じて設計部門、環境部門、事業部門間で共有されます。もし評価により重要な生態系サービスへの負の影響が懸念される場合、関係部署連携のもと、設計変更による影響回避、代替地の検討、環境保全措置の強化、あるいは地域社会との対話を通じて、より持続可能な開発計画へと反映させることができます。評価結果に基づく費用便益分析は、投資判断の材料となります。

また、竣工後の建物や施設の維持管理においても、評価結果はグリーンインフラとしての生態系サービス提供能力を高めるための管理計画策定に役立ちます。これらの取り組みによる生態系サービス価値の維持・向上は、IR部門が投資家向けのサステナビリティ報告書や説明会で、企業価値向上に繋がる非財務情報として発信する際の重要な要素となります。評価結果を具体的な経済価値として示すことができれば、投資家への説得力は一層高まります。

このように、組織体制と人材育成は、エコシステムサービス評価を一連のビジネスプロセスにスムーズに組み込み、その成果を最大化するための基盤となるのです。

まとめ

エコシステムサービス評価をビジネスに効果的に統合するためには、評価手法の習得だけでなく、それを推進する組織体制の構築と、必要となる知識・スキルを持つ人材の育成が不可欠です。明確な推進体制の確立、関係部署間の円滑な連携、経営層のコミットメント、そして計画的な人材育成を通じて、企業はエコシステムサービス評価を、リスク管理、新たなビジネス機会の創出、そして持続可能な企業価値向上に繋げる強力なツールとして活用できるようになります。

今後、自然関連情報開示の要求が高まるにつれて、エコシステムサービス評価の重要性はさらに増していくでしょう。この変化に対応し、競争優位性を確立するためにも、組織と人材への戦略的な投資を進めることが、全ての事業会社にとって喫緊の課題と言えるでしょう。